第5回「人材市場模様」-中村一正氏の連載コラム「キャリアを考える」

リクルートエグゼクティブエージェント 中村一正氏の連載コラム「キャリアを考える」

[中村氏より]
エグゼクティブ領域の紹介事業に携わるようになり14年目。
最初の9年間は縄文アソシエイツ、ハイドリック&ストラグルズと純粋なヘッドハンター。
そして今はリクルートグループにいますので、リテーナー以外にも、成功報酬型でのサービスも提供できる状況で5年目。
この連載は、そんな私が日々残している、クライアント企業や、キャンディデートの方々との面談メモをベースに、企業名、個人名が特定できないよう配慮しつつ、記述させて頂いております。

第5回「人材市場模様」

ヘッドハンターという職種について14年、成功報酬のサービスも提供できるリクルートグループの一員となって5年、人材紹介ビジネスの世界においても当然のごとく、日々市場は変わり、また景気循環の波の中で、需給は変わる。そして時代の変遷とともに、企業が求める経験や能力も変われば、業界ごとのその時その時での浮き沈みもある。それは循環論的な要因で説明できることもあるし、構造的な問題の場合もあるのだが、ここ数年その変化を肌で感じていたことが、より鮮明な現実となって眼前に迫りつつある。

バブルと言われる世代がもうすぐ50歳の大台に入る。大学現役、1990年新卒入社は来年には47、8歳である。今は合併してメガバンクは三行だが、当時はマネーセンターバンク20行といわれ、上位行は軒並み500名を超える採用をした。私がいた野村證券も500名を超えていたし、金融に限らず、大手メーカーの中には1000名を超える採用を数年に渡り継続した会社もある。

多くの企業は、50歳に限定するわけでは無いが、役職定年等の制度の厳格適用とともに、早期退職の制度を実施し、結果として今現在でさえも既に労働市場には、高学歴、新卒著名大企業入社という方々のレジメがあふれている。そしてそこにそのバブル世代が同様になだれ込んで来るのである。
そして彼らの多くは、その後の長期にわたる不況を受けて、所属する会社が採用を抑制したがゆえに、部下という存在さえもろくに持てず、その年齢の転職者に概して求められるチームマネジメントの経験が無いままその年齢に到達する。

ある50代前半の大企業の人事の方曰く、「後輩たちには、一部の幹部候補と特殊な技術者、技能者しか残りたくても残れないのだから、席を立つのは早いほうが良い。なぜなら50歳に達するとデジタルにはじかれてしまうのが今の転職市場の現実だから、と口を酸っぱくして伝えています。」

確かに、役職定年を受け入れ、それに伴う報酬の減額を受け入れることで、60歳まで在籍することが出来、そして更に大幅に減額された報酬で、65歳までの雇用延長という権利を手にすることが可能な企業もまだまだあるのも事実である。
しかし、今の50歳、60歳はまだまだ若い。それは自分が同世代だからというわけでは無く、現実問題として日々接するその世代のビジネスマンの方にはまだまだエネルギーが有り余っている。

そのエネルギーを活かす場が、今の労働市場には、需給として見合うだけの機会が提供されているとは言い難い。しかしながら、これまでは市場に顕在化していなかった地方銀行の融資先企業におけるニーズ、もしくは労働市場では成立しがたいNPO、NGO等で働くといった選択肢に想像以上の可能性が見え始めている。

私自身今後は、これまで自らの活躍の場としてきたエグゼクティブサーチ業と並行し、その領域での可能性を積極的に探りたいと考えている。
(なお、会社としては、前者地方銀行とのコーワークは既にビジネス領域と明確に認識しており、これまで以上に積極的に取り組んでいく予定です。)


中村一正

(株)リクルートエグゼクティブエージェント シニアディレクター
1984年野村證券入社、中堅企業営業及び社員研修の企画運営に従事。その後外資系生保会社へ転じ、組織拡大と生産性向上に尽力。退職時は同社最大の直販部隊のヘッド。
2001年以降、日系大手サーチファームである縄文アソシエイツ、2008年、外資ビッグ5の一角であるハイドリック&ストラグルズ、2010年5月よりリクルートエグゼクティブエージェントと、一貫してエグゼクティブサーチ業界。小売・サービス、消費財を中心に、業種的にも、また企業ステージとしても日本を代表する著名大企業から、オーナー系中堅成長企業、未公開新興企業等々、広範囲に対応。