第10回「企業側の覚悟」-中村一正氏の連載コラム「キャリアを考える」

リクルートエグゼクティブエージェント 中村一正氏の連載コラム「キャリアを考える」

[中村氏より]
エグゼクティブ領域の紹介事業に携わるようになり14年目。
最初の9年間は縄文アソシエイツ、ハイドリック&ストラグルズと純粋なヘッドハンター。
そして今はリクルートグループにいますので、リテーナー以外にも、成功報酬型でのサービスも提供できる状況で5年目。
この連載は、そんな私が日々残している、クライアント企業や、キャンディデートの方々との面談メモをベースに、企業名、個人名が特定できないよう配慮しつつ、記述させて頂いております。

第10回「企業側の覚悟」

こんな経歴の人が欲しい。難しいと思うが、そういう人がいればぜひこのポジションを任せたい。現任は違うポジションに動かすので問題無い。ぜひ、宜しくお願いします、と頼まれて、必死で探し、いざ面談。終始、和やかに時間は過ぎ、最後には、少し気が早いですがと、具体的な年収や、入社日の擦り合わせまで。候補者を見送り、面談後の感想をうかがっても絶賛。しかし、それでも候補者の方には、正式なオファーが書面で出るまでは、絶対に現在の会社には退職意思表示はしないでくださいと伝えることは忘れずに。そう、「企業側の覚悟」に一抹の不安を感じていたから。

そして数日が過ぎ、何も連絡が無い。事務窓口の人事責任者に確認すると、社長が出張だとか、担当役員が海外だとか、ま、嘘は無いのだろうけれど、そうこうしている内に一週間が過ぎ、またかな、と思い始めた矢先に案の定、「社内で検討したのですが、あのレベルの方を迎えるには時期尚早ではないかという結論になりまして、出来れば、もう少しジュニアな方、といっても部長レベルですが、そういう方をお願いできないかという結論になりました」と。

決して無駄な時間だとは思わないし、この仕事をしていると、頻繁ではないにしても、一定頻度で出くわす事態ではある。事前に回避すべき手段は、残念ながら今のところ私には見つかっていない。いや、そのポジションを欲している方の本気度はどこかで見切っているのかもしれない。であれば、こういう事態に陥る可能性を感じたら依頼自体を受けるべきではないのではないのか。否、そこまでストイックに動くことは、自分たちのビジネスの可能性に自ら枠をはめることになりかねない。それゆえに、依頼を頂いた限りは、依頼に忠実にサーチを実施し、そして期待値以上の候補者を紹介し続けるしか、今の私にすべきことはない。

別のクライアントから頂いた依頼では、候補者のレジメを持参した際に、担当役員の横に座っていた部長が、その方の名前を確認して、赤面し、座席で引っくり返ったこともある。関連する情報をWebで検索すると数多ヒットするような著名人の彼を、その企業は、担当役員の方が腹をくくっていたので、三顧の礼をもって迎えられた。

また別のクライアントからのサーチ。何人もの候補者を紹介し、話が進むのだが、微妙に報酬が合わない。資本の上ではオーナーではないが、合併会社の社長というポジションながら、事業に対してのオーナーシップは極めて強い方だと考えていたこの社長には、想定したほどの決断力は無いのかと自問自答を重ねていた。その思いを確かめるように敢えて今までの候補者とは別次元のハイスペックな候補者をお連れしたら、即決で、役員待遇の報酬に加え、入社一時金までご用意頂いてのオファーとなった。そしてその候補者の担当はまさに合併前は社長とは別会社出身の担当役員が管掌している部門とエリア。圧倒的な市場の潜在力に魅力を感じて転職した弊社紹介者と、従前自分が作り上げてきたビジネスを守ろうと固執するその役員との間で、表でも裏でも熾烈なバトルが繰り広げられるも、半年後、当該役員は白旗を揚げ、自ら席を立った。その候補者自身が極めてタフであったということは言うまでもないが、彼曰く「社長は絶対に裏切らないと言う確信があったし、実際支えていてくれましたから」と。

転職活動を、そして転職そのものを成功させるには、候補者自身の覚悟は勿論のこと、受け入れる企業側の覚悟も大切である。


中村一正

(株)リクルートエグゼクティブエージェント シニアディレクター
1984年野村證券入社、中堅企業営業及び社員研修の企画運営に従事。その後外資系生保会社へ転じ、組織拡大と生産性向上に尽力。退職時は同社最大の直販部隊のヘッド。
2001年以降、日系大手サーチファームである縄文アソシエイツ、2008年、外資ビッグ5の一角であるハイドリック&ストラグルズ、2010年5月よりリクルートエグゼクティブエージェントと、一貫してエグゼクティブサーチ業界。小売・サービス、消費財を中心に、業種的にも、また企業ステージとしても日本を代表する著名大企業から、オーナー系中堅成長企業、未公開新興企業等々、広範囲に対応。