第9回「価値に気付く」-中村一正氏の連載コラム「キャリアを考える」

リクルートエグゼクティブエージェント 中村一正氏の連載コラム「キャリアを考える」

[中村氏より]
エグゼクティブ領域の紹介事業に携わるようになり14年目。
最初の9年間は縄文アソシエイツ、ハイドリック&ストラグルズと純粋なヘッドハンター。
そして今はリクルートグループにいますので、リテーナー以外にも、成功報酬型でのサービスも提供できる状況で5年目。
この連載は、そんな私が日々残している、クライアント企業や、キャンディデートの方々との面談メモをベースに、企業名、個人名が特定できないよう配慮しつつ、記述させて頂いております。

第9回「価値に気付く」

不思議な時間だった。
私のような職業の人間にとってはよくある、クライアント企業社長による、候補者の方との面談の中でのこと。

当然のごとく、そこに至るまでの過程で、候補者の方とは事前にお会いし、時系列で所属していた会社や、ポジションごとに、その職責と成果、そしてそれをいかにして実現したかの具体的な施策等を確認していた。いや、していたはずだった。彼はそれを職務経歴書として事前に準備されていて、それに基づき、クライアントへ紹介し、その上で面談を希望されたからこその時間のはずであった。いや、正確に言うと、「ま、会うだけ会ってみようか」というのが偽らざる顧客の反応であり、つまりはエージェントの私からすれば、言葉は適切ではないが、悪い言い方をすれば駄目もとに近い面談の、はずだった。

候補者の方は失職されて数か月の状況でお会いしたがゆえか、職務経歴に関しては、自ら何度も推敲された後とも思えるほど、良くまとまっていたのを明確に覚えている。それは企画力や、チームマネジメント力等がコンパクトにまとまった分かりやすい表記であり、またこれも言葉は悪いが無難なものではあっても、印象的なものではなかった。当然のごとく、そうであれば、通常はヒアリングの上、加筆修正を求めるのだが、それを依頼するほどの気付きも残念ながら面談時に得ることが出来なかった。

ある方からの紹介でお会いしたその方は、年齢50歳代半ばという年相応の、細面の顔立ちで、言葉使いや身のこなしはとても優しそうな紳士然とした方ではあったが、強い印象が残る方では無かった。
日本を代表するメーカーに入社し、同業の日系大手を経て、そして全然違う職種の外資系日本法人で主要な部門の責任者を務められた方ではあった。だが、そもそもなぜあの時代にその日系大手が中途で彼を迎え入れたのか、そしてその全然違う業種の外資系大手が彼を採用したのか、しかもそこでなぜ成果を上げられたのか、そこに私自身、十分納得していたかと自問すると正直、否ではあった。

その面談も予定されていた時間の半分ほどを過ぎ、顧客もそれほど強い興味を持つことも無く、淡々と候補者の自己紹介、顧客からの企業の概況と求めている人材の説明、そしてその後の質疑応答と進んだ後、その瞬間は訪れた。

50歳代半ばのビジネスマンとして年相応の話をされることに、少し興味を失いつつあった顧客から発せられた「一人の人間として、どう生きてきたかを、最後にもう少し違う言葉でうかがっていいですか」という趣旨の最後の問いに、彼はしばし沈黙の後、訥々と書面にあるものとは違う視点で、まさに自らの言葉で、いくつかの象徴的なシーンを語り始めた。
それは確かに職務経歴書に記載するようなことではなく、しかし一個人として、その方がその瞬間瞬間でどのような行動をとられたのかが、まさに目に浮かぶような映画のワンシーンのような話であり、その話の中での彼は、それまで私が、そして顧客が抱いていたであろう印象とは全く違い、躍動感に溢れていた。
その間、わずか数分。長くても10分は越えなかったその間に、それまで椅子に深く腰掛け、書類と候補者の顔を交互に見ていた顧客は、徐々に身を乗り出し、そして候補者の顔を凝視し、最後はにこやかに頷いていた。

数日後、顧客から電話が入った。「現職ではないので入口は部長ということで納得してもらえるだろうか」、そう、採用したいということである。しかも諸条件確認後に「ぜひ力を貸してくださいと伝えてください」との言葉まで添えて。

失業の期間、そして年齢からくる再就職の難しさゆえに、彼なりに必死で考え、そしてまとめたその職務経歴が、結果として彼自身の魅力を見えなくしてしまっていたということに、私がもっと早く気付くべきであった。14年間、この仕事をしてきて、相応の自負があったのにもかかわらず、まだまだ未熟だなと痛感し、私自身猛省した瞬間でもあった。


中村一正

(株)リクルートエグゼクティブエージェント シニアディレクター
1984年野村證券入社、中堅企業営業及び社員研修の企画運営に従事。その後外資系生保会社へ転じ、組織拡大と生産性向上に尽力。退職時は同社最大の直販部隊のヘッド。
2001年以降、日系大手サーチファームである縄文アソシエイツ、2008年、外資ビッグ5の一角であるハイドリック&ストラグルズ、2010年5月よりリクルートエグゼクティブエージェントと、一貫してエグゼクティブサーチ業界。小売・サービス、消費財を中心に、業種的にも、また企業ステージとしても日本を代表する著名大企業から、オーナー系中堅成長企業、未公開新興企業等々、広範囲に対応。