第7回「財務諸表でキャリアを語る」-中村一正氏の連載コラム「キャリアを考える」

リクルートエグゼクティブエージェント 中村一正氏の連載コラム「キャリアを考える」

[中村氏より]
エグゼクティブ領域の紹介事業に携わるようになり14年目。
最初の9年間は縄文アソシエイツ、ハイドリック&ストラグルズと純粋なヘッドハンター。
そして今はリクルートグループにいますので、リテーナー以外にも、成功報酬型でのサービスも提供できる状況で5年目。
この連載は、そんな私が日々残している、クライアント企業や、キャンディデートの方々との面談メモをベースに、企業名、個人名が特定できないよう配慮しつつ、記述させて頂いております。

第7回「財務諸表でキャリアを語る」

急遽決まった人事異動のため、その方との面談は僅か30分。それも初対面。
彼の新任地は海外であり、ミッションは立て直し。アポイントを頂いた後にその異動は新聞に公表された。当然のごとく、発表直後から超多忙な状況となられていることは想像に難くなく、秘書の方へ確認の連絡を入れた際に、「折角のご縁ですからぜひいらして下さい」と。

名刺交換も早々に終え、席に着いたその瞬間から、自らの頭の整理の意味もあるのか、今回の職責とそれに対する自らのスタンスを手短に説明される。
そしてまたここ数年管掌していた国内のある事業のことにも話が及ぶ。それは当然のごとく競合他社との比較含め。そしてあっと言う間に予定の時間が終了し、慌ただしく最後に、「プライベートなアドレスからメール入れておきますから、ぜひ今後も宜しくお願いします。今回は会社の勝ちですが、中村さんのような方からの提案含め、外の機会にもオープンでありたいと思っていますから。」と。

面談を終えて、エレベーターに乗った瞬間に私の脳裏に浮かんだ言葉は「詳細な説明はされなかったが、事業構造の把握や自分の職責とそれに対して考えられる方策が、全てB/S、P/Lをイメージしながら説明できるというのは、やはり出来る経営者としては必須要件だな」と言うこと。

そもそも私自身がこんなことを考えるようになったのは二つのきっかけがある。
一つはこの仕事について間もない頃に、あるコンサルティングファームの方から頂いたアドバイスである。
「その方が財務諸表のどこで仕事をしてきた方か、それを理解しながら話を聞かれると良いですよ。事業再生といってもコストを下げることだけではないですし、どうやってトップラインを上げるか、ボトムの利益をどう増やすか。ただ人件費を削減しました、国内工場を閉鎖して中国に工場作りましたとかだけではなく、じゃあそこで生まれた余力で次にどんな手を打ったか、動態的に説明できるということはその方はそれをやってきたということでしょうから。」

そしてもう一つが、あるオーナー経営者の方が、グループ会社のトップを迎える際に候補者に発した次のような質問である。
「今の会社の特徴を財務の視点から説明して頂けますか。それも静的にではなく、動的にというか、個々の絶対額とか比率だけでなく、それがどこにつながっていくのかというような感じで。その文脈の中で自身の経歴も説明頂いて良いですか。」
言葉は凄く優しかったけれど、内容はとてもシビアな質問で、候補者の方が瞬間凍りついたのを記憶している。

技術者の方や、広報や法務等のコーポレイトの専門機能のプロフェッショナルを目指される方は別として、ビジネスマンとして自らのキャリアを考える際には、この視点、経験値、能力は必須である。
そしてぜひ企業人事の方にも、この視点を有し、体で理解しているビジネスマンを数多く育てて頂きたいと思う。そうすればその方々が仮にその組織での役割を終え、早期退職、役職定年等で外に機会を求める際にも、その能力には必ずといって良いくらい価値があるはずですから。


中村一正

(株)リクルートエグゼクティブエージェント シニアディレクター
1984年野村證券入社、中堅企業営業及び社員研修の企画運営に従事。その後外資系生保会社へ転じ、組織拡大と生産性向上に尽力。退職時は同社最大の直販部隊のヘッド。
2001年以降、日系大手サーチファームである縄文アソシエイツ、2008年、外資ビッグ5の一角であるハイドリック&ストラグルズ、2010年5月よりリクルートエグゼクティブエージェントと、一貫してエグゼクティブサーチ業界。小売・サービス、消費財を中心に、業種的にも、また企業ステージとしても日本を代表する著名大企業から、オーナー系中堅成長企業、未公開新興企業等々、広範囲に対応。